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漫画と意識とファンタスティック・プラネットと奥浩哉と陰謀論

日乗 哲学・精神世界
 

f:id:plus-ultra:20160317111255j:image 最近色んな漫画を読み直したり、新しく読んだりしている。海外に本は結構持っていくけど、漫画を持っていこうとすると嵩張るからね。電子化されたものは別として。だから、いまのうちに読んでおこうと思って読んでいる。今回は最近読んだ漫画について、お勧めついでに適当に書いていく。

 まず「アイアムアヒーロー」という漫画。wikiの概要から。謎の感染病による平凡な日常の崩壊を描いたホラー漫画。当作品は「生ける死体」を題材とした作品ジャンルの一つではあるが、同じジャンルの作品とは違い「ゾンビ」という言葉は直接使っていない。連載開始時は、単行本ほぼ一巻分を主人公の日常を描くことに割き、パンデミック後も「日常性の崩壊」と「災害」が仔細かつ淡々と描かれる。さらに主人公を始め、様々な形で「これまでの社会に劣等感を抱いていた者」の行動にスポットを当てているとなっている。

 何年も前に7巻くらいまでしか読んだことがなかったんだけど、最近読み直したらだいぶ進化してて面白かった。特に一昨日くらいに出た19巻とか特に面白い。私は「日常」というものが一瞬で壊れていく漫画が結構好きだ。当たり前が、当たり前じゃなくなるという感じが。人間は当たり前だと思っていると、そのことについてあまり考えないし、大切なものがあったとしても意識していないとその大切さも忘れる。

 私は何かすごい面白いこと起きないかなと常に思って生きている。何もなくても面白いのはわかってるつもりだけど、それでも「非日常」というものを求めている。しかし、「日常」に属していながら同時にそんなことを思い、こんなブログを書いているわけである。非日常を感じさせるような状況にならなければ、日常の尊さというものは分かったつもりでも、本当のところは分からないわけである。

 日常が壊れる事によって一番最初に人間が考えることは「現実」かどうか。次に「生」や「死」についてである。自分の理解を超える事が起きた時、これは夢ではないのかと最初に疑うわけである。これはある意味人間らしくもあるが、滑稽である。意外な事態を表す言葉として「夢か現か幻か」という言葉があるが、この言葉の通り現実と虚構の境界というのはあってないようなものである。あなたは現実を何で判断しているのだろうか。

 よく現実かどうか判断するのにほっぺたをつねるというのがよくあるが、夢なのに痛みを感じた場合どうするのだろうか。夢と同じ虚構にゲームというものがある。そのうちVR技術が発展してきたら痛みを伴うゲームとか映画も出てくるかもしれない。CEROはZ指定で!

  私は痛みのある夢というのを見た事がない。調べたら痛覚のある夢を見た事がある人は結構いるみたいで、正直羨ましい。現実感のある夢はナルフコレプシーという「病気」の症状の一つでもあるみたい。現実感の喪失というのもそうだけど、何でもかんでも病気とか精神病とかにするのは結構ギャグだと思う。筋肉痛を病気というみたいな。まあ程度によっては病気なのかもしれないけど。

 今の医学というのは西洋的な面が大きいわけだ。首が痛かったら首を治す、精神病だったら精神病の症状を抑える薬を処方するみたいな。これだと根本的な解決にはならないし精神病の薬なんか食ってたら、よだれ垂らしながら歩くような廃人にもなりかねない。ドラッグがメディシンでメディシンがドラッグだみたいなのはよく見る。これは薬の利権について調べたことがある人はわかると思う。他にも色んなものがドラッグ認定されてたり結構する。

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  東洋医学では気の流れというものが重視されているわけだ。首が痛かったら足から治す、精神病ならその精神を病ませた理由を取り除くような治療をする。根本を正さないと、流れというのは良くならないと。これは全ての事に言えることで、経済でも政治でもいえる。政治的主導者がカスだからといって頭だけ替えても、体が腐っていたら根本的な解決にはならないわけである。じゃあ、どうするんだというと自分や民衆から変わるしかない。頭も替えて、足元からよくするみたいな。西洋と東洋の融合。

  夢の話に戻ると、最近見た夢では水の感触がある夢があった。 夢の中で水に触るんだけど、夢だと気付かなかった。起きた後にもその手の感触というのはリアルに残っていた。この夢も詳しく書いたら面白いと思うからいつか書きたい。ちなみに、起きた後に水の感触が手に残っていたからといって実際には濡れていないし、ションベンを漏らしたわけでもない。

  非日常として、ゾンビがいきなり襲ってくるとかはほとんどあり得ないだろうけど「地震」による日常の崩壊というのは現実的だと思うし体験したことある人もいると思う。非日常では日常の時より、みんな生きることに必死になるわけだ。そういった危機的状況に陥ってから「水」や「食料」など色々なモノの大切さに改めて気付くと。初めて広い意味で「生」について考えるわけだ。日常に戻るとその大切さも、意識しない限りは忘れていく。じゃあ考える意味ないじゃんと思うかもしれないが、意味はあると思う人にはある。思い出すこともできるし、気付くこともできる。なにより自分が知らなかったことを知っていることが大切である。無知の知がなければ何も始まらない。本当の意味で「生きる」ということはそこから始まると思う。これについては後述する。

 アイアムアヒーローというか、漂流教室とかドラゴンヘッドみたいな話になっちゃったけど。漂流教室は最近初めて読んだけど、オススメ!

 アイアムアヒーローの話に戻ると、最初の方は日常と日常の崩壊を描き、崩壊した後の人間の動向やどう生き残るかということ、新しい社会というかコミュニティに属し、様々な人間模様というのが描かれているので楽しめると思う。レビューを読むと、好みが結構分かれている。主人公の精神描写がリアルじゃない、ストーリーが引き込まれない、何を書きたいのかわからない、登場人物がキモい、グロい、混沌としているなど。

 人間合う合わないがあるからストーリーが引き込まれないというのはしょうがないかもしれない。裏を返せばついてこれてないとも言えると思う。あとは、1巻はほとんど日常パートだから、非日常をあまり感じないし、ゾンビ物のマンガを求めている人には物足りなく感じるかもしれない。私も前に読んだときは、そこそこ面白いゾンビ漫画くらいにしか思っていなかった。なぜ読み直そうと思ったのかも自分でもよくわからない。登場人物がキモいというのは否定しないけど、現実にも気持悪いやつもいっぱいいる。けど、そういうやつに限って面白かったりする時もある。キモい奴はキモいけど

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コロリ隊長とかキモいけどかっこいい。天下泰平

それと、グロいっていうのは見ようとしないだけでありふれていることだ。グロいとか騒ぐ奴に限って人間の汚い部分を見ようとはしない。今もその汚い人間の部分の上で成り立っているのにも関わらず。歴史なんかもそうだけど、屠殺って概念さえ知らなさそう。動物の死体食いながらおいしーって言ってそう。美味しいけど。

  精神描写がリアルじゃないというのはどうかと思う。主人公の英雄は漫画家であり、常に虚構というものと触れ合って生活している。そして、可視化されるほどの妄想癖の持ち主であるわけだ。この時点で彼の「現実」というのは既に曖昧であり、主人公がどういう人間かと考えると、精神的な描写も不自然ではない。ちゃんと読めば、なぜ混沌としているのか、危機感とは何かというのもわかると思う。まあ最初はただのゾンビ漫画といったらそうなのかもしれないけど、最初から考えられてるし、私は面白いと感じる。

 最新刊では「人間とは何か」「生とは何か」「意識とは何か」「自分(個)とは何か」「社会とは何か」「現実とは何か」を包括するような根源的な疑問に迫ってきている。人を超越した存在もでてくるし、これからの展開も気になってくる。早く作者の考えが知りたいし、続きが楽しみ。

 

  次に「ファンタスティック・プラネット」という映画について。偶然偶然でこの記事にも見るべきって書いてあったから結構前に見た。

7 Must-See Psychedelic Fantasy Films - Evolve + Ascend | Evolve + Ascend

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漫画とは直接関係はないのだけど、この映画の世界観というのは素晴らしいので良い機会だし書いていく。http://bit.ly/1UhZCuv

  簡単なあらすじとしては、ドラーグ族(宇宙人)にオム族(人間)は飼われるような下位の存在であり、そこから色々知っていく中での闘争があり、自由を手に入れる話かな。人間の起源とか人間とは何かとか根源的な疑問が湧くと思う。

 世界観も含め全体的に面白いんだけど、特に好きなのはドラーグ族の生活。一つは1日の大半を「瞑想」して過ごすという点。幽体離脱というか視界だけ移動できておもしろそう。もう一つは、学習の方法。ドラーグ族はヘッドセットを使って電気信号だか直接知識を送り込んでるのか知らないかそれで教育されるわけだ。かなり便利だと思う。しかし、それだと覚えることはできても、考える力は失われてくのではないかという懸念もあるけど。意識のレベルは下がりそう。

 脳刺激を使ってマトリックスのように瞬間学習する方法が開発されたという記事。

http://jp.techcrunch.com/2016/03/01/20160229researchers-create-matrix-like-instant-learning-through-brain-stimulation/

 この技術はそのうち民間にも普及するかもしれない。「洗脳」も簡単になるしね。電気を流すだけでパパッと(笑)まず、軍事利用からというのが人間のダメなところだと思う。いつまでたっても進化しないよ。

 多くの人は「宇宙人」などの別の「意識」を持った存在に対して、人間の枠に当てはめるというか、人間の視点で考えてしまうわけだ。宇宙人が来たら地球を「侵略」するとか「友好的」な関係を築けるなど。どれもこれも人間の枠を出ない。もちろん人間が考えてるんだから当然といえば当然。私の考えも例外ではないけど。普通の意識状態では難しいと思う。変性意識状態じゃないと完全な理解はできない。共通意識へのアクセスとか自我の消失とか色々。

惑星ソラリス」というロシアの映画がある。それには知的活動を行っている海、つまり「意識を持った海」が出てくる。その海と人との対話なんだけれど色々考えさせられる。

  宇宙人がいたとして、宇宙人を上位、人間を下位としたときにどの程度の差があるのか。共生、飼われるとか捕食される、観察されるなど色々挙げられるでしょう。人間との差を菌ほどのものに見立てた場合は、培養されるなど。しかし、どれも人間的であり、3次元的な考えである。

  私が宇宙人に、会ったときは「なぜここにいるんだ、お前にはまだ早い」という感じを受けたわけだ。驚きながら。言葉で直接話したわけじゃない。もちろん今は変性意識状態じゃないし、理解しようと思ってもそれがなんなのかはわからないが、それについて考えてみると人間は観察や管理されているのではないかと思う。テレビでやってるような宇宙人とも違うかな。よく宇宙人に攫われたとかあるけど、ほんとかよと思う。本当なのかもしれないけど。他には、場というか、その空間ないし次元では嫌悪感というものは感じなかったし、むしろ安心感というか一体感もあった。多分母性に近い、人類愛を超えた深い愛の上での、観察・管理なのではないかと。適切な言葉が見つからないけど「庇護」に近いかな。護られているというわけでもないけど。これも人間の枠の中の、さらに言葉という欠陥品で表してるから適切とは言えないが。

 

 次に、漫画家「奥浩哉」について。この人はGANTZという漫画の作者でもある。この人は私と同じタイプだと思う。もちろん会ったこともないし、喋ったこともないけれど、人間的に好きだ。

 奥浩哉の描く漫画に「01 ZERO ONE」という漫画がある。あらすじとしては近未来の話で、主人公の石動音露は自分の才能を見つけようとしている小学生。そして才能と、それを活かせる場所を見つけた。それが「MBZ」という格闘ゲーム。そのゲームの大会に仲間を集めて参加していくみたいな感じ。このMBZというゲームがバーチャルリアリティ技術を使ったゲームなんだけど、それが結構すごい。

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 最初にこの漫画を読んだのは10年以上前だけど、子供ながらにして魂が震えた(笑)ゲーム好きだし、その分衝撃も大きかった。今は時代が追いついて来たし、読んでもそこまでくるものがないかもしれないけど。

 最近のVR技術を使ったホラーゲーム。

http://youtu.be/kBpFx-ixBiM

進化してきてて、結構おもしろそうだし怖そう。

ここで疑問に思って欲しいのが、現実とは何かということ、自分が今見てるものは何なのかということ。

 もちろん現実は何かというのはわかっている反面、実際のところは何かはわかっていないということはわかるだろうか。あなたが今、上の動画のようなゲームを絶対にプレイしていないとは言えないわけだ。100パーセントしていないという人はどこがどう100パーセントになるのか教えて欲しい。これについては他の記事で書いたしパス。今見てるものは何なのかということだけれど、人間は生まれながらにして二つのヘッドマウントディスプレイをつけている。大別するとね。一つは「目」であり、もう一つは「脳」である。本当は物事を正しく見えなくするものは他にもあるんだけれど。分かりやすく。

 あなたは今、パソコンだかスマホだか分からないけど、画面を見ているわけだ。しかし実際の画面は見ているけれど、見れてもいないわけである。

 なぜかというと、あなたが見ていると思っている画面はただの反射された光である。それに「目」つまり、網膜や水晶体、黄斑などのフィルターを通している。超簡単に言うなら目ん玉の表面に写ってるものをみているみたいな。そして、それは視神系で電気信号に変換されて脳みそに送られて、やっとそこで見ることができると。 見ていたのは反射された光でさえもなく、電気信号なわけです。まあ光も電気信号も波動だけれど。この脳と目は本当の意味で見るには邪魔とも言える。もちろん目や脳は必要でもあるけど。

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 01の話に戻る。この漫画は3DCGで書かれているんだけど、資金とモチベ不足の他にあまり人気もなかったって書かれてる。私は好きだったけど。時代が追いついてなかったんだと思う。そして、その技術を駆使した後継作とも言えるのが「GANTZ」だ。

 wikiよりあらすじ。ある日、玄野計は地下鉄のホームで小学生時代の親友だった加藤勝を見かける。正義感の強い加藤は線路上に落ちた酔っ払いを助けようとするが、助けに入った玄野と共に、進入してきた電車に轢かれて死んでしまう。次の瞬間、彼らはマンションの一室にいた。そこには、同じ様に死んだはずの人々が集められていた。部屋の中央にある謎の大きな黒い球。彼らは、その「ガンツ」と呼ばれる球に、星人を「やっつける」ように指示され、別の場所へと転送されていく。謎の物体「ガンツ」に集められた死んだはずの人々は理由もわからないまま、その素質の有無に関わらず、謎の星人と戦わなくてはいけない。玄野はその中で、戦いに生き延びながら成長し、「ガンツ」の世界に触れていく。

GANTZは日常の崩壊というよりは、日常と非日常の融合という感じ。星人と呼ばれる宇宙人のようななにかも出てくるし最高。星人は星人だけど。17巻末の奥浩哉の伝えたかったことの中に、GANTZのことというのがある。その一文の抜粋。

GANTZは最後まで描ききりたい。GANTZは僕と同じ感覚を持った人なら、とても楽しめると思う。そんな人達だけは、ずっと遥か遠くへ連れて行ってあげたい。」

私はこういったタイプの人間が好きだ。

意識のレベルが高い人にも、いろんな種類の人がいる。もちろん人間だからね。

まず、私の心の師匠であるクリシュナさん。自分から他の人を気付かせようとかはあんまりしないスパルタタイプ。気付きたいなら勝手に気付けみたいな。あと自分からレベル下げて人と話そうとしない。日本人レベル低すぎてつまらんとかいったりもする。これは日本人じゃなくてシステムが悪いんだけど。

他には剣豪さんみたいな自分は宇宙だとかいきなりいう頭おかしいタイプ。それがなんなのかわからなかったら本当にただの基地外。たまに話すと私の問いに、問いが何か言わなくてもヒントをくれたりする。

そして、一緒に意識のレベルを上げようとするタイプ。私はこのタイプの人が好きだし、楽しい。わかりやすそうな例として、連続殺人鬼がいたとしよう。あなたはその殺人鬼に「人殺しはよくない。」といったとする。もちろんそう簡単にやめるわけはないだろう。殺人鬼には聞こえているようで、聞こえていないわけである。殺人鬼が意識・無意識を問わず、気付こうとしない限りは理解すらできない。自分から気付こうとしたときにのみ、はじめて「本当」の意味で聞こえるわけだ。そして、その気付くときというのは決まっている。あなたが言わなくても気付くかもしれないし、そうじゃないかもしれない。決まっているからといって、言わないのは私はどうかと思う。良い悪いは別として。ここで声をかけるのが気づかせるタイプ。良いとか悪いなんて気付きでも何でもないけど。そんなしょぼいものじゃなくて、目覚めるような大きな気付きのタイミングというのも当然決まっている。

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 GANTZの真理の部屋について。真理の部屋では、上位者が質問に答えるというもの。上位者というのはブラッドソウルというゲームに出てくる概念なんだけれど、人間より上位の立場に立つ知的活動を行っている存在みたいな感じかな。本当は上位も下位もないけど便宜上使う。神としてもいいんだけれど、私のいう神の概念とも違うので上位者としておく。

 話の要約として。傲慢な人類は地球上で特別な存在だと思っているがそうではない。私たちが残そうとしたのは地球そのもののある程度の秩序であり、人類を救うためではない。人類は上位者から見ると、ごく微小な昆虫と何ら変わらない。人類が何百 何千万単位で死んでも私たちから見れば大したことではない。人類は蟻の命と人間の命は重さが違うと思っているが、それはとても傲慢な考え方だ。君たちがすがる神などどいうものは存在しない。人間の命はチリやごみとなんら変わらない。人類はただの物質でしかなく、本質的には風に飛ばされるチリと変わらない。感情や思考などはただの微弱電気の流れによる現象でしかない。電化製品と何ら変わりない。人間は只のモノに過ぎない。そして魂は存在しないのかという質問に対しては、人間が死ぬとき約21gの情報が分離し異次元に移動する。その情報はその後、この次元の違う個体に入りまたその個体が消滅すると異次元に移動する。この次元で関係のあったモノは永遠に関係が続いていくとしてクエスチョンタイムは終了している。

 これについての私の意見というか考えを書いていく。いくつかの視点で見ていく。まず、マンガ(2次元)的にはかなりわかりやすくまとめられていると思う。なぜ禅問答のような形式がとられているのか。禅問答というのは禅僧が悟りを開くために行う問答のことで、基本的には悟りを開いたものと修行者の間で行われる対話の形式で行われる。つまりどういうことかというと、意識のレベルが違うもの同士で行われるものである。上位者と玄野達とでは、モノの見方というものが違うわけである。そういった対比によりわかりやすく表現していると私は思う。

加藤が「人間には感情があり、人間は只の物質ではない。」といえば、上位者は「感情や思考は微弱電気でしかなく、電化製品となんら変わりないという。」

上位者が「人間は風に飛ばされるチリやゴミとなんらかわりない。」と言えば、玄野は「絶対違う、人間の命には価値があるんだ。」という。

これは個というか自我や人間という枠ににとらわれていた場合、上位者のいう意味合いが強くなる。究極はどちらも正しいし、どちらも正しくない。

 GANTZの最終回は意味が分からないし、無理やり終わらせやがったと酷評されているけどそうではないと思う。玄野と加藤の最後の会話の中に「俺たちがやったことに意味があることだったのか、だれか救われたのか」という趣旨の一文がある。これは「人生に意味はあるのか」や「人が生きることに意味はあるのか」という根源的な疑問にも繋がってくる。玄野と加藤!綺麗に終わっていると思う。

 

 一人で生きる、生きているのなら人生に意味はないし、命に価値もない。

 

 

 次に3次元的な見方について。人間は傲慢であるというのはよく分かる。もちろん私にもそういった一面はある。人間の傲慢さを見るとき、それはとても汚いものに見える。人間は自分たちが地球上で一番繁栄している生物だと思っているが、種の豊富さという点では昆虫が約75万種と一番多い。地球上には動物、植物、細菌類を含め名前が付けられているものは約175万種、ヒトが含まれる哺乳類というのはたった4000種と少ない。昆虫は個体数も動物と比べ群を抜いて多い。昆虫と人間を比べるなんて馬鹿らしいと思うかもしれないが、それこそが傲慢である。

 「意識」というもので考えた時に、「蟻」というのは共通意識のもとに生きているわけである。群れという大きな目線で物事を見ていると。人間は「個」という意識をもっているが、それは相対的なものであり実際には存在しない。エゴと呼ばれるものは、共通意識、つまり大きな目線でものを見ることの妨げになる。今言われるような人間の進化というのは、人間の進化のようであって人間自体の進化ではない。

 まず文明の発展、これは大きな進歩とはいえるが「進化」とはいえない。それにこれは仮に進化だとしても「道具の進化」でありヒトのものではない。例として、反響定位(エコロケーション)と呼ばれるものがある。エコロケーションはイルカやコウモリなどが使う、超音波を使った反射音などを利用して位置を特定したり、コミュニケーションに用いられたりするものである。人間もソナーと呼ばれる超音波技術を用いて水上船舶や潜水艦から探知・測距などが可能になっている。イルカやコウモリは目が退化する代わりに、エコロケーションという形で進化したわけだ。しかし、人間の方は只の道具の進化である。じゃあ人間はエコロケーションを使えないのかというと、音で世界を見ている人も世界にはたくさんいる。これは盲目の人が使用している例があり、進化ともいえるし適応ともいえる。これが人間の進化と道具の進化の違いである。

もう一つは、「知的進化」である。人間の考え方は時代の移り変わりとともに変わってきた。しかし、これも「道具の進化」に合わせた「知的進化」というだけのものである。それらが無駄だったとはもちろん思わない。今までがあっての今であるし、全ては一つの流れだから。しかし今、必要なのは「意識の進化」であり人間、それ自体、そのものの進化である。

 上位者との真理の部屋での対話に戻る。人間が死ぬとき約21gの情報が分離し異次元に移動する。その情報はその後、この次元の違う個体に入りまたその個体が消滅すると異次元に移動する。この次元で関係のあったモノは永遠に関係が続いていくと書かれているが、これはなんなのか。これは仏教でいわれるような輪廻と転生であり、関係が続いていくのは業と呼ばれるカルマである。そして、この輪から外れることを解脱というわけだ。私の言う意識の進化というのは魂の進化とも言い換えられるかもしれない。どこかの記事で書いたクラウドアトラスという映画は輪廻と業についての理解を深められると思うし、おすすめ。 

進化については「脳と意識と目覚めと次元と進化と宇宙人」で書いたから読めば何か気付くかもしれない。http://plus-ultra.hatenablog.com/entry/2016/01/17/080907

 

 ここで私の気に入っている禅問答を一つ。イメージが大切。

碧巌録より、馬祖(師匠)と百丈(弟子)の対話

 

 馬祖が弟子の百丈と歩いていると、野原から野鴨の一群が飛び去っていった。
 それを見た馬祖が、百丈に尋ねた。
 「あれは何だ」
 「野鴨です」
 「どこへ飛んでいったのか」
 「わかりません。ただ飛んでいったのみです」
 答えを聞いた馬祖は、いきなり百丈の鼻を強くつまみあげた。
 「痛い!」
 「なんだ、飛び去ったというが、野鴨はここにいるではないか」
 百丈は悟りを開いた。

 

 

 奥浩哉の話に戻る。最近連載されているのが「いぬやしき」という漫画である。wikiよりあらすじ。老人にも見える冴えないサラリーマン・犬屋敷壱郎は、会社や家庭からも疎外された生活を送っており、ようやく購入した一戸建てすらも、家族の歓心を 得ることができなかった。不良に絡まれ虐げられる弱者を見て理不尽に怒りを燃やすも、結局何もできず、むしろ息子から「自分達は隠れて怯えてやり過ごすべきだ」と言われショックを受ける。さらに追い撃ちをかけるように胃ガンだと診断され、余命3カ月を宣告される。ガンのことを家族に打ち明けるタイミングが 見つからず、打ち明けたとして家族が悲しんでくれるか思い悩む犬屋敷だったが、犬の散歩中に、獅子神皓と共に宇宙人による事故に巻き込まれ死亡する。事故を隠蔽したい宇宙人によって、生前の記憶や精神を持った機械の身体となって蘇ることとなる。うんぬん。

この漫画もすごく面白い。主人公は漫画の序盤で「人生とは何か」や「生きている意味はあるのか」、「何のために生きているのか」というような壁にぶつかる。そして、機械になってからも何のために存在しているんだという「在り方」に対する疑問を持っている。

 いぬやしきの1話のタイトルは「人生いろいろ」

 私は女の子の家に泊まって次の日の始発で帰るというのをよくする。そのときに思うのが、みんな何考えて生きているんだろうということ。これは常に思っているけど、自分が遊んで帰る時の始発の電車だとそれがすごく強い。サラリーマンのような人を見ると、大変だなあと思う反面、色々な興味がわいてくる。朝早く起きて電車に何時間も揺られて、夜遅くまで働いて、家に帰ってきてすぐ寝るという生活をしている人も少なくないと思う。その生活は果たして生きているといえるのだろうかと。みんなゾンビみたいな顔しているし、ロボットみたいだと思う。家族がいて、「家族のために頑張ってる」というかもしれないが。それは本当に家族のためなのかとか。もちろん馬鹿にするためであったり悪意があるわけではない。興味であり、自分に対する疑問でもある。生きているのかと。まあ、当然生きているんだけど。

 いぬやしきの中にも似たような感じのシーンがある。「ああやって夜一人で牛丼食ってるサラリーマンってさ ああいう親父って 何が楽しくて生きてんだろうな 何で一人で食ってるんだろう 家族とかいないのかな。」

 

 人生いろいろだ。その後の展開で主人公が生きる意味を見出して、イキイキしているとことかは見ていて楽しい。そーいえばこのキャラ、最近薬で捕まった野球選手に似てないかな(笑)漫画の中ではヤクザで、シャブやりながらセックスしたりしているんだけど。

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 奥浩哉のマンガには酒鬼薔薇聖斗をモデルにしてるといわれるようなキャラとかも出てくるんだけどそーゆうところも結構好きだ。酒鬼薔薇は神戸連続児童殺傷事件を起こした殺人犯なんだけど、この人の書いた「絶歌」という本も読んだ。人を殺してるから生と死に対する意識というものは高いと思う。犯した罪に対してはもちろん擁護する気はない。週刊誌とかにも追いかけられてるみたいだし、殺人犯は罪を贖っても大変そう。最近は「忘れられる権利」という、犯罪を犯した人物が罪を償ったあとにも犯罪歴を公開され続けることは社会復帰を困難にするため避けるべきであるからインターネット上から情報が削除できるというようなものが出てきている。

 これは結構危険だと思う。こういうものが権力や宗教というものと結びついてくるといろいろと問題になる。焚書というのを知っているだろうか、支配者や政府・権力者などが組織的に書物を焼却する行為である。これは言論の統制とか、支配者に不都合な情報の隠蔽などに用いられるわけだ。支配や洗脳の前段階。ナチスとかの時代にも行われたし、日本が戦争に負けた時もアメリカのGHQによって燃やされたりもしてる。忘れられる権利がエスカレートしてきたら大変なことになるし、陰謀にもつながる。現代版の焚書かな。焚インターネット。だからこれには反対。犯罪者の情報とか消さなくていいから。エロ画像とかも。インターネットは圧倒的自由かつ、ある程度の秩序があるくらいがいい。

まあ、いぬやしきオススメです。書くの飽きてきた。

 

 最近は花粉がすごくなってきた。この花粉というのも調べていけば最終的には陰謀論とも繋がってくる。花粉症の症状がひどいひとは本当にかわいそうだと思う。日本人が疾患している花粉症のほとんどは、「スギ花粉」によるものである。このスギを植えてるのは誰かというと日本という国である。国がスギを植えて、国民病といわれるような病気を作り出しているのだからお笑いである。今もなお、毎年約1600万本のスギが植林され続けていると。もちろんこのスギが植えられるようになったのにも理由がある。「戦争」からの復興のためである。そして、なぜ刈らないのかというのにも理由がある。「利権」つまり「金」のためである。植林の他、花粉症の薬もそうだし、マスクとかいろいろなところにそれはある。100歩譲って花粉だけならまだ良い。しかし、放射性物質や汚染物質というものが花粉に付着して体内に吸収されるのだけは駄目だ。そして今は土や野原でなく、コンクリートアスファルトに囲まれているため花粉が簡単には分解されない。まさに地獄である。

 次に、放射能による甲状腺癌の罹患者の増加。去年のワンピース私的解釈(3)の時に少し書いたけど、最近気付いてきてる人が増えてきて大きくニュースでも取り上げられてる。私は震災の時、祖父の家に避難してた。実家に被害はないけど、水が止まってたから。風呂入りたいし。どこかの記事で書いたけど、私の祖父は新聞記者だったわけだ。震災の時に既に福島のニュースを見て、5年もすれば甲状腺癌は爆発的に増えるといっていた。チェルノブイリの時のことを例にあげて。私はその時は調べなかったのでほんとかよとおもってたけど。これからもさらに増え続けるし、10年目くらいになると何とかといってたけど忘れた。子宮頸がんのワクチンとかもニュースになっているけどこれもそうだ。大学の時の女の教授が子宮頸がんのワクチン打ってきましたみたいな話してて勧めてた。それで、ええ・・・ってなったの思い出した。子宮頸がんのワクチンを打つなら副反応とかいろいろ調べてからにした方がいい。まあやらないほうがいいけど。

 

 ここで、知らない人も多いと思うから「ヒトラーの予言」をのせておく。私は自分が見たり体験したもの以外はすべて半信半疑である。疑の方が多いかもしれないけど。しかしこの予言は知っていて損はないし、面白いと思う。

 

「…“2つの極”はますます進む。1989年以後、人間はごく少数の新しいタイプの支配者たちと、非常に多数の、新しいタイプの被支配者とに、ますます分かれていく。一方は、全てを操り、従える者。他方は、知らずしらずのうちに、全てを操られ、従わされる者たち。しかも進むのはそれだけじゃない。人間がそうなるにしたがって、地球にも宇宙にも大変動が起こるのだ。1989年以後、人類には宇宙から、かつてないカタストロフィ(大破局)が近づくのだ。若いころ私は、『我が闘争』に、いずれ人間が大自然から復讐されると書いた。それが1989年以後の状態だ。人間が思い上がって宇宙の自然を犯すため、宇宙が人類に復讐の災厄を下すのだ。そしてそれが人類を、想像を絶する究極の状態にみちびいていく。私が生まれてから150年後、21世紀に来る究極に。私自身もそれを霊感ではっきりと見てさえ、信じられないような究極に。」「…(20世紀末は)たとえ表面はデモクラシーや社会主義の世であろうとも、実質はナチズムが支配していよう。デモクラシーの国も社会主義の国も、われわれナチスの兵器を競って使い、殺し合い、社会は私の望むとおり、強く支配する者と支配される多数者に分かれていよう。それは天変地異の期間でもある。人類は大自然から手ひどく復讐される。気候も2つに分かれ、激しい熱と激しい冷気、火と氷、大洪水と大旱魃(かんばつ)が代わる代わる地球を襲うだろう。」「だからその中から『超人(ユーベルメンシュ)』が現われる。もはや普通の人間ではそういう危機を制御できない。それに対応するため人類は超人たちを生み、超人が世界や気候を、人間や戦争を治めることになる。つまり天変地異の下に生きる多数者。それを支配する少数者。その陰で実質的に世界を操る超人グループ。これが、私の予知する21世紀の世界である。」「しかし諸君、さらに重大なのは、私がいま、これを話している100年後のことだ。それを告げるためにこそ、私は今日を選んで諸君を招いたのだ。今日から100年後といえば、すなわち2039年1月25日だ。諸君にはわからないだろうが、そのとき人類には真の究極の状況が起こっている。そのとき人類は──少なくとも、いま言っているような意味での人類は、2039年1月、地球からいなくなっているのだ。」「それは諸君、何かの異変か大戦か災害のために、2039年、人類が残らず滅びるという意味ではない。たしかに、それまでに多くの大難が続けて起こる。1989年から1999年まで、世界は続けざまの天変地異と戦乱の中にあるだろう。そのため一部の恵まれた国を除き、多くの国が飢える。いくつかの国は崩れて燃える。毒気で息絶える街もある。2000年以後は、それが一層ひどくなる。2014年にはヨーロッパの3分の1とアメリカの3分の1が荒廃してしまい(人心の荒廃も含めて)アフリカと中東も完全に荒廃する。結局、いまの文明は砂漠しか残さない。しかし人類はそれでも滅びない。わがドイツの一部と米ソの中心部、日本や中国は深い傷を負いながらも生き残る。ただ諸君、それでも人類はいなくなるのだ。いまの意味での人類は、そのときもういない。なぜなら、人類は2039年1月、人類以外のものに“進化”するか、そうでなければ“退化”してしまっているからだ。」「それをもっとはっきり言えば、人類の一部はそのとき、人類から、より高度なものに進化して、神に近い生物になっている。人類から神のほうへ進化するのだから、それは『神人(ゴッドメンシュ)』と呼んでかまわない。残りの大部分は、これも進化なのか退化というべきかわからないが、一種の機械になっている。ただ操られて働いたり楽しんだりするだけの、完全に受動的な、機械的な反応しか示さない『ロボット人間』になっているのだ。それまでの気候異変と環境異変、政治と娯楽と食物、それから起こる突然変異が、そのようなロボットのような人間を大量に生み出す。神人のほうも同様で、同じ原因から生まれてくる。ただ突然変異が大脳にプラスに働いて、進化の方向がロボット人間と別方向になるだけだ。その前段階の『超人(ユーベルメンシュ)』たちも、より進化して神人になる場合がある。いずれにせよ、彼らはいまの人間の数次元上の知能と力を持つ。彼らは団結して地球を支配する。それまでのあらゆる危機や問題は、彼ら神人たちの知能と力で急速に解決されていく。」「ロボット人間たちのほうは、それに従って生きるだけだ。これはある意味では気楽な身分だ。戦争も気候も経済も、神人たちによって制御されてしまうので、ロボット人間たちは神人たちの認める限度で、多くのものを与えられる。食物と住居も、職業も娯楽も恋愛も教育も、時には思想さえも与えられる。ただロボット人間たちは、与えられ、操られていることを意識できないようになる。自分たちの意識では、何もかも自分で選択して勝手に生きているのだと思う。しかし、じつは神人たちがすべてを見通して、管理工場の『家畜』のように彼らを育て飼うことになるのだ。こうして人類は、完全に2つに分かれる。天と地のように、2つに分かれた進化の方向を、それぞれ進みはじめる。一方は限りなく神に近いものへ、他方は限りなく機械的生物に近いものへ。これが2039年の人類だ。その先もずっと人類はこの状態を続ける。そしておそらく2089年から2999年にかけて、完全な神々と完全な機械的生物だけの世界が出来上がる。地上には機械的生物の群れが住み、神々がそれを宇宙から支配するようになるのだ。」引用元ヒトラーの予言(完全バージョン)

 

 

 この予言についての私の意見を適当に。私のブログを読んでいる人ならわかると思うが、私は宗教というものについても調べている。これは支配と密接に関わっているからである。進化論についての本を読んでいる時でもそれは例外ではない。進化論はダーヴィンが提唱したわけだ。その前にも似た感じのはあったけど。進化論にはたくさん派生とかもあるし、詳しく書くとめんどくさいから色々省いて書く。進化論の軸というのは生物は不変のものではなく長期間かけて次第に変化してきたという考え。これは科学的なものだから遅れているわけだ。哲学だと万物は流転する、仏教だと諸行無常とか他にも昔から言われていることだ。そして、科学と宗教というものは対立もしている。19世紀というのは聖書が事実であると考えられてたわけです。常識として。そしてアメリカのテネシー州などでは「神の教えに反する進化論は教えてはならない。」という法律も制定され、教師が実際に裁判にかけられたりもしている。これはなぜかというと、聖書では人間は神によってつくられているからです。進化論というのはサルから進化して人間になったというものですから。こういった進化論を否定する風潮は1900年代半ばまで続くわけです。サルから進化したと思っている人は結構いるかもしれないが、海外ではそこまで信じられていない。本の中で進化論と関連付けられて書かれていたのが「突然変異」についてである。アメリカのテキサス大学のハーマン・マーラーが1927年にショウジョウバエX線を照射することで、人工的に突然変異を起こさせることに成功した。その突然変異は、飛躍的な形質の変化をもたらすものではなく、ほとんどの変化が小さな変化でしかなかったと続いていく。私は進化というのはある時突然起こるものだと思っている。ポケモンみたいに。そしてそれは見た目ではなく精神的であり、意識的なものだと。まあ、本当に進化するのかは知らないけど。

 ヒトラーの予言にあるようなロボット人間というのは今現在もすでにいると思う。もしかしたら私もそうなのかもしれない。ロボット人間たちは食物と住居も、職業も娯楽も恋愛も教育も、時には思想さえも与えられる。ただロボット人間たちは、与えられ、操られていることを意識できないようになる。自分たちの意識では、何もかも自分で選択して勝手に生きているのだと思う。となっているが、既にそうじゃないとも言えない。私自身を含めてね。

 「自由とは何かと大麻少々」でも書いたけど、自由一つとっても違いがあるわけだ。今の社会システムは洗脳するためのものだよというのは気付いてる人からしたら知ってるの一言で済むけど、気付いてない人は、そんなわけないじゃんお前頭大丈夫かよとなるわけです。上の方で書いたけど、気付こうとしている人じゃないと気付かないし、その気付くときにもタイミングがある。ほんとに話している中で、お前ロボットかよと思う人はたまにいる。ちょっと前にあったのがゲームのNPCかと思ったやつ。相手に概念が一つ足りないだけで全く話が通じなくて、最初の質問に戻るという。ハンターハンターのグリードアイランドにいるのかとちょっと思ったわ。書くと長くなるから書かないけど。

 こういったことは禅問答に似ているのかも。わかっている人同士で話には通じるけど、そうじゃない人には何が何だかさっぱりみたいな。専門用語とかならまだ理解できないのはわかる。しかし、感覚とか視点ともなると気付こうとしている人以外には教えることは無理だ。

 前にハワイの鍼灸師のところに胡椒ちゃんといったとき、そこの先生が胡椒ちゃんと話した後に私に話しかけてきた。挨拶したあとにいきなりしてきた話が「次元」についてである。もちろん胡椒ちゃんとは「普通」の会話しかしていないし、先生もしていない。やっぱりわかるやつにはわかるんだなとその時思った。他には固定観念とか呼吸とか武術について話したけどおもしろかった。胡椒ちゃんには意味が分からなかったと思う。

 

最後に、今読んでいるオススメの漫画について。浦沢直樹の「BILLY BAT

浦沢直樹の漫画は結構読む。MASTERキートンとかMONSTERとか20世紀少年とかどれも結構好きだった。それでBILLY BATも読んだんだけど、前に読んだときは1巻を少しだけ読んで速攻読むのやめた。なぜかというと全然面白くないし、よく分からなかったから。浦沢直樹どうしたとさえ思った。しかし、最近また読み始めたらだいぶ面白い。知識が足りなくて楽しめなかったのである。そして、このブログで書いてるような陰謀論もちょっと出てくる。それにビリーというキャラクターが出てくるんだけどそれが、私の宇宙人という概念と少し似ている。陰謀論とか好きな人は楽しめると思う。私もまだ読んでる途中だけど。

 陰謀論が何なのかちょっとよく分かんないって人は「天使と悪魔」と「ダヴィンチコード」と「ナショナルコード」とかの映画見たらハマるかも。ナショナルコードはまあまあ好きなんだけど評価低すぎて笑う。そんなにおもしろくはないからかな。

 

他にもまだまだ漫画読み直したんだけど書きすぎたからこのへんで終わる。

日本人は侍とか武士のマンガをもっと読むべき。侍なんだから。

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バガボンド、士道、シグルイ おすすめです。これらについてはいつか書くかも。

読んでくれてありがとうございました。 


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